前回は文章を書く際のテーマの決め方や本文の構成の仕方などを解説しました。その中で、テーマ(文章の主題)の見つけ方について少し触れましたが、主にすぐにでも書いてみたい時向けに、やや技巧的な内容になっています。今回は自己に向き合うと言いますか、自分はどんな文章を書きたがっているのか、自己の内側から湧き出るものとでもいうべきものを見つける方法を紹介したいと思います。
机に向かっていても文章は書けない。
「さあ、文章を書こう」と万年筆を手に持ち、机に向かっても何を書けばいいのかわからないということはよくあります。書きたい気持ちは高まっている、しかし、書けない、ということが多いのです。これは、書く準備が整っていないからと捉えてもらえればと思います。気持ちは高まっていても、書くための材料がそろっておらず、モヤモヤしたままの状態が続き、書くことができないのです。書くための材料を探しにいく必要があります。
実は文章は机に向かっていても書けるものではありません。職業的に文章を書いているのであれば、机に向かってすぐに書き出せることもあるでしょう。ただ、それは何をどう書くかを机に向かう前から練っているからできる芸当です。つまり、書く前から書くことが決まっているから書けるのです。
ついでにいうと、書くことが決まっていてもスラスラ書けるかというとそれはまた別で、改めてメモ書きや下書きから始めるケースは少なくありません。ただし、書くスピードは格段に違います。要するに、机に向かう前からから既に頭の中で書き出しているから早いのであり、この考えている時間というのは、文章を書く上でもっとも大切だと言っても過言ではありません。結局、書くというのは考えていることを言葉にするのですから、考える時間、考える行為そのものがいかに大切かわかると思います。
自分のテーマを見つけるために、町に出よう。
机に向かっていても書きたいことが出てこない、では、どうすればいいのか。そういう時は、一旦書くことから離れて外に出ましょう。散歩でもしてみてください。面白いことに、歩いているうちにふと気づくことがあります。「自分なりの発見」です。目に留まったものから発想を得ることもあれば、脈絡もないことが突然、思い浮かぶこともあります。もちろん、どちらであってもいいのです。自分なりの発見を、些細でつまらないことだと思わないでください。自分の内側からわき出たものです。尊い発見として扱うようにしましょう。
町の中を歩くことで、「自分はこんなことを思う人間なのだ」「こんなことを考えているのだ」と気づくことは多いです。と言ってみれば、自分への取材をするのです。とはいえ、変に「書くことを見つけるぞ」と力む必要はありません。と言いますか、力んでしまうと、なかなか発見につながらず、プレッシャーになってしまうことすらあります。イメージとしては文章のことは片隅に置いておきながら、周囲の風景に目を止めればいいのですが、なんだかややこしいなと感じたら、何も考えずにリラックスして歩き回るくらいの感覚でいいと思います。頭(脳)は放っておいても文章の材料を見つけてくれます。とても優れた性質を持っています。
何も浮かんでこなくても気にしない。
散歩しても、書きたいことが浮かんでこないこともあります。自分なりの発見なんて全然ないな、となっても、まったく気にする必要はありません。歩くことは、自分の頭を「書くモード」にするきっかけだと思ってください。文章について考えるのが日常になってくると、必ず書きたいことは見つかります。見つかるのは、やっぱり歩いている時かもしれませんし、ご飯を食べている時かもしれませんし、寝る直前の時かもしれません。いつになるかわかりませんが、必ず見つかります。それは安心してもらえればと思います。
書こうとしているのは、あくまで個人的な文章です。〆切はありません。ゆっくり気軽に取り組めばいいのです。もちろん、敢えて〆切を設定して、自分にプレッシャーをかける手法もあります。これはこれで効果的なので、一度試してもらえればと思います。
以上、書きたいことの見つけ方を紹介しました。メンタル面の話も多かったのですが、非常に有効な手法ですので、ぜひ実践してみてください。肝心なのは、いかに書くことを日常のこととするかです。書く題材を特に意識しなくても見つけられるようになれば、いくらでも書けるようになります。万年筆の使用頻度も格段に上がりますので、ぜひ文章に親しみ、万年筆で書くことを楽しんでもらえればと思います。