インクは万年筆を楽しむ上で、重要なアイテムの一つです。近年特に人気を集め、各メーカーからたくさんの色が出されました。今や1000色ほどはあるのではないでしょうか。万年筆ライフをより豊かにするものとしての認知も広まり、たびたび雑誌などで特集されています。今回はこのインクについて、万年筆との関係や種類、選び方など、その楽しみ全般について、前編・後編の2回にわたって紹介していたいと思います。前編の今回は、万年筆との関係、種類についての話が中心になります。
万年筆と異なるメーカーのインクを使っても良いのか
雑誌などでも当たり前のように万年筆とインクを自由に組み合わせていますし、私自身も万年筆とインクはメーカーを気にせずに使っています。それで、インクが詰まったとか、出が悪くなったとか、想定された色が出なくなったとか、そうした事態はもう10年以上も万年筆を使っていますが、今のところ起こっていません。多分、これからもないと思われます。では、なぜ同メーカーの万年筆とインクで使うことが推奨されているのでしょうか。
一つには、当然に営業・マーケティングの観点から説明できます。要するに、売上の観点から自社メーカーのインクも合わせて使ってほしいということですね。消耗品で売上を上げるのは、非常に当たり前の営業戦略なので、わざわざ書くものはばかられることです。ただ、万年筆の場合、単なる営業目的以外にもう一つ理由があります。それは、万年筆とインクの相性というべきもので、理解するためにはインクの性質について知らなければなりません。
インクの粘度と表面張力
インクを使っていると、インクの出が遅くて書いているうちに途切れてしまうということがあったり、インクの出は良いのだけどすぐににじんでしまうということがあったりします。それは実はインクによって少しずつ性質が違うからであり、その性質を知る上で重要になるのが、粘度と表面張力です。粘度と表面張力とインクの性質の関係は、簡単に解説すると以下のようになります。
表面張力:高いとインクの流れるスピードが遅くなり、にじみやすくなる。
非常に大雑把で恐縮ですが、だいたい上記のようなものだと捉えてください。インクの粘度と表面張力はメーカーごとに異なります。また、同時に、万年筆本体の設計もメーカーごとに異なり、それぞれに最適な粘度と表面張力のインクがあります。メーカーは自社の万年筆にとってもっともパフォーマンスを発揮しやすいインクを作るのが当然ですので、純正インクを選ぶのが最適解だと一応は言えるでしょう。
ただし、実は粘度と表面張力は色によっても異なります。同じメーカーから出されたインクでも、色が異なれば粘度と表面張力も異なるのです。すると、例えば、A社から出されたAという万年筆は、A社のブラックを使用するのに最適化されている。となると、粘度と表面張力の異なるA社のレッドは、万年筆Aには最適とは言えないのではないか、という疑問は当然に生まれます。さらに、A社のブラックとB社のブルーブラックは粘度と表面張力が似たような数値となっている。従って、A社の万年筆Aにとって、A社のレッドを使うより、B社のブルーブラックを使うほうが安全に使用できる、と結論付けてある意味で当然と言えます。
結局、さまざまなメーカーからさまざまな色が出ている今、純正インクがいいとは必ずしも言えない状況になっていると考えられます。中には、万年筆と決定的に相性の良くないインクもあると推定できますが、それがどのインクかはわかりません。なぜなら、インクの粘度と表面張力は公表されておらず、相性を図ることができないからです。このため、純正インクについてはあまり考慮せず、好きな色を選べばいいということになるでしょう。
なお、インクの粘度と表面張力は、雑誌「趣味の文具」(枻出版社)などで独自に調査した結果を公開していることがあります。合わせて、色そのものはもちろん、色の分布図などが載せられており、さまざまな色を相対的に知ることができます。非常に有用ですので、インクの特集があった際は購入しておくのは有効です。
染料、顔料、古典の3つの種類
インクには色による違いのほか、成分が異なっている染料、顔料、古典の3つの種類があります。このうち、一般的なのが染料インクで、通常「インク」と言えば染料を指すと思ってほぼ間違いありません。もっとも多くの色が出されているのも染料インクです。
染料インクは耐水性が弱く、紙に書かれた文字に水滴がつくとにじみます。また、保存状態によっては時間の経過と共に変色・色あせが起こり、水にさらされるなどすると消えることがあります。対して顔料インクは耐水性にも耐久性にも優れ、水滴がついたり、太陽の光にさらされたりしても、変色や色あせは少なく、長期保存に向いています。こうしたこともあり、顔料インクは人気を集め、色の種類も増える一方となっています。
ただし、使うには注意が必要です。耐水性に優れるということは、どこかに誤って色を付着させてしまったら、落とすのが大変ということです。付着したのが衣類であれば、頑張って洗濯すれば何とかなるかもしれませんが、問題は万年筆の内部に付着、固形化してしまった場合です。水洗いでは簡単に落ちませんので、専門店に修理に出すしかないと思われます。実際、顔料インクを詰まらせたというトラブルはけっこう多いそうです。場合によっては部品の取り換えなどで一本買えるほどの値段がかかることもあるそうなので、顔料インクを使う場合は、メンテナンスを怠らずに行う必要があるでしょう。
染料と顔料、もう一つの古典インクとは、文字通り、古くクラシカルなインクで、顔料インクが登場する以前に開発されました。色はブルーなのですが、時間の経過とともにブラックに近くなります。このため、ブルーブラック・インクと呼ばれ、以前はブルーブラックと言えば古典インクを指したそうです。ただし、現在ではほとんど使われていません。国内の万年筆メーカーでは製造しているのは、プラチナに限られます。使われなくなった大きな理由は、古典インクは酸性で、万年筆の金属部分にダメージを与えるからでしょう。特にペン先がステンレスの場合は、ちょっと怖くて古典インクには手が出せません。メンテナンスを頻繁に行う必要があり、快適に使えるとは言い難い側面があります。
以上、染料、顔料、古典のインクの3の種類を紹介してきました。総じて、色を楽しむという場合は、染料インクを求めることが基本と言えます。
インクの話は後編に続きます。万年筆の「インク沼」への誘い②(自分に合った色の見つけ方)