【万年筆】プラチナ万年筆 美巧シリーズ 金沢箔「紅葉」

今回ご紹介するのは、プラチナ万年筆の逸品、美巧シリーズ金沢箔「紅葉」です。プラチナ万年筆は、1919年に(大正8)年に創業し、1924(大正13)年に前身の中屋製作所が開業、1942(昭和12)年にプラチナ万年筆株式会社として会社組織化されました。昨年2019年は創業100年の節目を迎えたのでした。

歴史は古いですが、実は万年筆メーカーとしてはやや後発です(先行のメーカーの中には既に姿を消したところも複数あります)。こうしたことから、ユニークな取り組みを多く実践しています。代表例が、カタログ(通信)販売とインクカートリッジです。

通信販売はネットがある今でこそ当たり前ですが、プラチナが手がけはじめたのは1930年代。いかに世の中に先んじていたのかがわかります。しかも、1ダース販売で値段は11本分など、近代的な販売戦略で大成功を収めています。また、1956年にはカートリッジ式万年筆を世界で初めて実用化しています(いずれも同社HPによる)。なんとカートリッジはプラチナから始まったのですね。

このほか、蒔絵や金箔など、日本の伝統工芸を取り入れたシリーズが多いのも一つの大きな特徴でしょう。作家で東京都知事を務めた石原慎太郎氏がかつて愛用していたことでも知られています。なお、プラチナ万年筆はプラチナ萬年筆が正式名称らしいですが、HPなどでは社名をプラチナ万年筆としており、現在ではプラチナ萬年筆の名称はほとんど使われてないようです。

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落ち着いた美しさのある、味わい深い逸品


金沢箔「紅葉」は、石川県金沢市の伝統工芸とのコラボレーションで生まれました。金沢箔シリーズは紅葉のほか、桜吹雪、赤富士、金魚、月と兎があります。いずれも、金沢市の金箔メーカー「箔一」との共同開発です。紅葉をはじめ、シリーズの全製品に共通するのは、漆黒のボディに艶やかに輝く箔が施されていることです。派手なのだけど、うるさくない。むしろ落ち着きを感じさせ、プライベートはもちろん、ビジネスのシーンでも十分に利用可能です。紅葉は、川面に浮かぶ紅葉の葉が表現されており、見る者を引き付けます。

また、スリムなボディも特筆すべき点でしょう。万年筆のペン軸の多くは、丸みがありやや太めに作られています。対して、金沢箔シリーズはとても細身で、その点に独自路線を行くプラチナらしさを感じます。私は手がゴツイほうなので、大きめのボディの万年筆を使ったほうがしっくりくるとは思いますが、それでも紅葉は気に入っているので、よく使っています。手の美しい女性が使うと本当に映えるとは思いますが、手のゴツイおっさんが使っても一応なじみはするので、汎用性は広いかと思われます(笑)

書き心地については、はっきり言って申し分ありません。流れるように字が書けます。ペン先は硬すぎず柔らかすぎず、とめ・はね・はらいがきちんと表現できます。太さはM(中字)を選びましたが、画数の多い漢字でもつぶれずかけます。プラチナを使っていると、日本語を書くにはやはり国内メーカーがいいのだろうか、という気にさせられますね。また、スリムなボディなので、普段ボールペンに使い慣れていても、違和感を覚えることは少ないと思います。

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なぜ金箔は金沢なのか。

ここからは万年筆の話題からはやや外れ、金箔について話を進めます。万年筆の話はほとんど出てきませんが、プラチナは金箔とのコラボレーションが多いので、参考までにということで。

国内の金箔は約99%が金沢市で生産されています。完全な独占状態です(あとの1%はどこなんだと思いましたが、調べがつきませんでした。各地に散らばっていると思われます)。国内と金沢で金箔の生産がいつ始まったのかは、いずれも不明ですが、金沢では1593年に当時の加賀藩主の前田利家が金箔・銀箔を打つように命じており、16世紀末には行われていたことが明らかになっています。

金沢という名称からもともと金の産地で金箔を打つのは自然の流れのように解釈されることもありますが、金沢で金が大量の採掘された実績はありません。あくまで箔を打つ職人がいたということです。金沢に金箔が根付いた主な理由として、気候と職人気質が挙げられています。

ただし、江戸時代になると全国の金・銀箔の製造と販売が禁止されました。この時に一旦、金沢の伝統は途絶えたようですが、1864年に幕府から製造の一部許可を得て、1869(明治2)年に金座・銀座が廃止されて、金沢での生産が増加していったのでした。

と、歴史を見ると、そんなところですが、なぜ金沢なのか、つまりなぜ他の地域ではなかったのかについては、もうちょっと考えてみたいところではあります。京都から金箔の職人を招いたという史実も残っているようなので、なぜ京都に根付かなかったのかという見方もできます。経済的合理性が働き、金箔作っても儲かんないと、生産を放棄したのでしょうか。考えられなくもありません。金箔と金沢の関係については、もっと深く知りたいと思っています。最後は本当に万年筆は無関係の話になってしましたが、万年筆と深い関りのある文化を訪ねたということでご了承ください。

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