今回ご紹介したいのはCaran d'Ache(カランダッシュ/スイス)のボールペン、849シリーズのアストロジー(星座)です。アストロジーは限定品ですが、849は多くのシリーズが出ており、価格も2000円代からありリーズナブルで手に入りやすくなっています。普段使いにもちょっとしたプレゼントにも向いているでしょう。カランダッシュはもしかしたら一般的な知名度はあまりないかもしれませんが、文房具メーカーとして著名で、文房具ファンならまず知っていると言っても過言ではありません。そんなカランダッシュの849アストロジーについて、私のごく個人的な思い出にも触れながら、魅力に迫りたいと思います。
目次
カランダッシュと言えばボールペンとの評価もある。
カランダッシュとはロシア語で鉛筆を意味します。その名の通り、カランダッシュは1915年にスイス初の鉛筆工場として、筆記具メーカーの歴史をスタートさせました。ただし、そのころはカランダッシュとは名乗っておらず、“Fabrique Genevoise de Crayons “(ジュネーブの鉛筆工場)でした。社名がカランダッシュになったのは1924年からです。
その後アイテムを増やし、1930年に「エクリドール」シリーズのシャープペンシル、1931年には世界初の水彩色鉛筆、1953年にはエクリドールシリーズにボールペンが加わります。今回ご紹介する849シリーズが発表されたのは1969年。とても歴史があり、半世紀以上にわたり多くのファンに親しまれています。カランダッシュのボールペンはとても評価が高く、中には、カランダッシュと言えばボールペンという人もいるほどです。
一方、万年筆メーカーとしては後発組で、最初の万年筆は1970年に送り出されました。万年筆メーカーとしての知名度も徐々に上げ、特に1999年に発表された代表作、エクリドールシリーズの万年筆は精緻な金属加工が施されており、見る人を魅了します。カランダッシュの万年筆は熟練の腕を持つ職人によって作られ、繊細な美しさを放ちます。ハイグレードな逸品で、とても人気を集めています。今では万年筆メーカーとしても確かな地位を築いていると言えるでしょう。なお、カランダッシュの製品にはいずれも、スイスの厳正な品質基準をクリアしたことの証「SWISS MADE」が刻印されています。
ただ、カランダッシュの万年筆についてはまた別の機会に取り上げるとして、本稿ではボールペンについて触れていきます。
即売会でカランダッシュのボールペンと出合う。
カランダッシュとの初めて出合ったのは、2010~11年だったと記憶しています。当時、万年筆に傾倒していったころで、仕事で使うだけでは飽き足らず、文房具店に足を運び、筆記具に目を通すなどしていました。とはいえ、まだ1~2本を持っていたに過ぎず、万年筆やボールペンなどの知識はほとんどありません。その分、何を見ても珍しく、楽しく感じていました。万年筆の雑誌を一日中見ていた、なんてこともあったかもしれません(笑)
そんな折、そのころ勤務していた東京・大手町のビル内で、万年筆をはじめとする筆記具の即売会のようなものが開かれていました。のぞいてみないわけにはいきません。数メートルのスペースに万年筆やボールペン、シャープペンなどが所狭しと並べられ、私は興味津々に展示物を見ていました。
すると、店主と見受けられる50代くらいで小太りの眼鏡をかけた男性が話しかけてきます。「何かお探し物でも」という例のやつです。私は特定のものを探してはおらず、万年筆に興味があって見ている旨を伝えました。その時、店主はやたらポルシェデザインを勧めてきました。ポルシェデザインの万年筆は1本5万円以上もするので、ちょっとのぞいている程度の身には高すぎます。「素晴らしいですね~」なんて言いながら、説明を傾聴するにとどめました。現在、ポルシェデザインの万年筆は入手困難になっているので、考えてみれば惜しいことをしました。「ポルシェが万年筆を出しているんですね」と調子を合わせるように言うと「そうですよ。車の技術を応用しているんです!」となぜか怒ったように言ってきたのが印象に残ります。
世界一使いやすいボールペンだと説明を受ける。
私が小銭しか持っていないに気付いたのでしょうか。次に店主が勧めてきたのが、カランダッシュの849シリーズ、アストロジーでした。既にお伝えしているように849シリーズは2000円台から買い物ができるリーズナブルなラインです。せいぜい1万円しか入っていない私の財布を見抜かれたような気がしましたが、とても興味を引かれました。
店主はアストロジーが限定品で数が限られていること、もう出ているだけしかないことを繰り返し言い、「カランダッシュのボールペンは世界一使いやすいよ」と断言します。使いやすさという感覚的なものに対し、なぜ「世界一」と言えるのだろうと思いましたが、私は「世界一ですか」と相槌を打ちました。それに対し店主は「そうですよ。世界一です!」とまたしてもやや怒ったように、なぜか挑むような視線を投げかけます。今思えば、その店主はキレやすい中高年だったのかもしれません。
それはともかく、アストロジーにはとても引かれていたので、一本購入することにしました。アストロジーは12種類、つまり12星座の分だけあり、自分の星座のボールペンが手にできます。また、プレゼントをする際にも、相手の誕生日を知っていればそれに合わせて選べるわけです。その点もとても優れていると思いました。
世界一かどうかは不明だが、使いやすいのは確か。
会社に戻って早速アストロジーを使ってみたところ、カランダッシュのボールペンは世界一、と言えるかどうかは別にして、とても使いやすいと感じました。何分、素直なたちなので(多分)、「これが世界一使いやすいボールペンか」と独りごちながら使っていました。実際、芯が紙の上を滑らかに動きます。ボールペンにありがちな、ペン先にインクがたまりダマのようなものができることもありません。
ペン先はノック式で出し入れします。デザインは紺を背景に白で星と星座を記したシンプルなもの。それでいてちょっとした遊び心を感じさせます。利便性が高く、主張し過ぎず他との違いを演出できるデザインで、仕事用にとても向いています。鉛筆を模した六角形のペン軸も手に馴染みました。六角形の形状はカランダッシュの筆記具の一つのシンボルともなっており、849シリーズに限らず、エクリドールシリーズのボールペンや万年筆でもペン軸が六角形のものがあります。
字の太さも気に入りました。今となってはクロスのボールペンなど、海外製のボールペンに触れる機会もしばしばありますが、そのころは海外製のボールペンの字の太さは新鮮でした。クロスのボールペンを紹介する時もお伝えしましたが、海外のボールペンは日本製に比べるとやや太字の傾向があります。849アストロジーもやや太字で、その点が私には良かったのだと思います。太くて見やすいからという理由で、シャープペンは9ミリを愛用しており、海外のボールペンを好む土壌があったのは間違いありません。その後、849アストロジーは長らく愛用することになります。
ボールペンはインクがなくなるとリフィル(芯)を変える必要が生じます。普段使いのいわゆる100円ボールペンで芯を変えることはほとんどないと思いますが、本体が2000円を超えるので、リフィルの購入を検討します。しかし、リフィルは1000円前後するので、購入に二の足を踏んでしまいます。このへん、クロスのボールペンなども同じで、リフィルが高めです。対して、セーラー、プラチナ、パイロットの国内三大メーカーのボールペンは替え芯が100円以下で買えます。日本の文房具メーカーは消耗品で儲けるという発想があまりなかったのかもしれませんが、コストパフォーマンスは非常に優れています。
ラインナップが豊富な849シリーズ。
849シリーズはアストロジーに限らず、限定品が多く出ています。「ブルーオレンジ」「ゴールドバー」「シャンパンカラー」「トロピカル」「ゼブラ」「アイコン」など、色や模様の限定品もちろん、日本限定、アジア限定などもあります。さらに、企業などとのコラボも多く、「丸善」「伊東屋」「ポールスミス」「シェブロン」「ネスプレッソ」などがあります。シェブロンはアメリカの大手石油会社、ネスプレッソはカプセル式コーヒーで知られるスイスの代表的な飲料メーカーです。本当にいろいろな企業とコラボしています。
価格はいずれも2000~5000円、高くても1万円を切ります。これを安いと言い切ることはできませんが、1本1万円以上する万年筆の限定シリーズに比べると、はるかにコレクションしやすいでしょう。
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あとがき
余談ですが、私が849シリーズアストロジーを入手した即売会は、その翌日も開かれているのを見つけ、再び足を運んでみました。意外にも、といったら失礼ですが、くだんの店主は私のことを覚えていたようで「どう、カランダッシュ、使いやすいでしょ」と聞いてきます。私は大いに同調しながら、しかし一方で、アストロジーがその前日に私が買った星座の分も含め、綺麗に並べられているのが目に飛び込んできます。つい「カランダッシュは今日も売っていますね」と口にしたのがいけませんでした。私に複雑な表情を見せると、話がすっかりと途切れてしまいました(チャンチャン笑)。
今回は買う前の話がやや多めでしたが、筆記具にまつわる一つのストーリーとして(というほど大げさなものではありませんが)ご笑読いただければ幸いです。849シリーズは、手に馴染みのある六角形の鉛筆型でとても使いやすく、なんといっても限定品を含め豊富なラインナップがあり、コレクションをしたいという気持ちをくすぐってきます。849シリーズの人気の高さもうなずけます。一本持っておいて間違いはないでしょう。