このごろ、万年筆で書写することがひそかなブームとなっています。万年筆に限らずガラスペンを使う人も多くいて、いろいろなインクを試したいという要望もあるようです。万年筆を使うのにもってこいの書写ですが、実は単に書くことを楽しむことのほかに、文章上達につながる効果があると言われています。では、実際に書写することでどんな効果が期待できるのか、また、どんな文章を書写することが望ましいのか、解説します。※記事にはPRを含みます。
目次
文章の流れや構成を理解・体感・体得できる。
文章を書き写すことで、文章の流れや構成がわかってきます。文と文のつなげ方、書く順番、リズムの取り方がわかってくるのです。実際に自ら書くことで、ただ読むのに比べ、はるかに大きな理解が得られます。「なるほど、ここでこう書いたら次にこう書くのか」「こんなふうに文をつなげると自然なのか」など、文章が体に入ってくる感じが味わえる、つまり体感でき、その体感が積み重なることで体得につながります。
文章の流れや構成書き写すのは、まとまった文章のほうが効果的です。どこか一部分だけを切り取った部分では、流れや構成をなかなか理解しづらいからです。流れや構成を知るには文章の全体像を見たいところ。文章の最初から最後まで書き写すのが理想でしょう。とはいえ、一つのまとまった文章を最初から最後まで書き切るのは骨が折れます。文庫本でほんの数ページの短編小説でも、原稿用紙に書き写してみると軽く10枚は超えることがほとんどです。
そこでお勧めしたいのが、広告コピーです。広告コピーはキャッチコピー(見出し)とボディコピー(本文)で構成されており、ボディコピーの長さは200~400字のものが多く、原稿用紙一枚分くらいです。長すぎず短すぎずで、しかも、柔らかい文章、硬い文章、真面目な内容、笑いを誘う内容など、文章の種類もバラエティに富んでいます。書写していて飽きがこないでしょう。広告コピーは新聞や雑誌に載っていますが、気に入ったものが探すのは大変かもしれません。アンソロジー的にまとまった書籍が出ているので、いくつか読んでみて気に入った広告コピーを書写してみてはいかがでしょうか。
語彙・知識が増え、表現力の幅が広がる。
読むだけでは意外と気づきにくいのですが、書写することで、一つの文章でさまざまな言葉が使われていることに気づきます。普段、自分では使わない言葉と出合うことも少なくありません。書き手や媒体(新聞、雑誌など)によって固有のクセや好みのようなものがあります。同じことを伝えるのにも、書き手や媒体によって表現が異なります。漢字の使い方も違います。ある媒体ではダメと言われている表現を、別の媒体では当たり前に使っていることもあります。文章に標準などないのだと気づかされます。正しい文章などあってないようなものです。バラエティに富んでいる分、大きな学びとなります。書けば書くほど語彙が増え、表現の幅が広がるでしょう。
また、文章は思想や事実、発見、ニュース、調査結果などを伝えるために書かれます。さまざまな文章に触れ、書写することで当然に知識は増えていきます。読むより書き写すほうが時間はかかりますが、それだけ頭にも定着します。これまで自身がまったく接してこなかった分野の文章ですと、新鮮さを感じながら書写することができます。よく知っている分野のことでも、意外と気づきや学びは多いものですよ。
このほか、心が落ち着く、集中できる、内省できるなどの効果もあります。このへんは、書道を行っている時と同じですね。書道より少し気楽にできるのが、万年筆やガラスペンなどの良さと言えるかもしれません。
書写するのに適した文章は。
上記にもある通り、書写のお手本には長さや内容の面で広告コピーがお勧めです。広告コピーは時代を映している側面もあるので、少し前の広告コピーを読むと、確かにあの時はこうだったな、なんて思えてくるものです。広告コピーは書き手によって言葉遣いがかなり変わってくるので、さまざまな文章に触れることができると思います。
文章の流れや構成を知るということに関しては、セールス、ダイレクトマーケティング系の広告コピーもお勧めです。売ること、買う気持ちを起こさせることに特化した文章ですので、「なるほど、こんなふうにして気持ちをくすぐるのか」と思わせる内容ばかりです。考え抜かれた構成も、学ぶべきことがたくさんあります。ダイレクトマーケティングの大家、神田昌典氏も広告コピーを書き写すことを推奨しています。ただし、神田昌典氏が推奨しているのはセールス、ダイレクトマーケティング系のコピーです。それもアメリカのコピーの訳文ですので、日本人の感覚と若干異なるところもあります。神田昌典氏は一般的な日本の広告コピーに対しては、どちらかというと否定的な立場を取っています。あくまでセールス・ダイレクトマーケティングの観点からのことですので、文章そのものの良し悪しに言及しているのではないので、書写に不適なわけではありません。ご安心を。
ビジネス文書を学ぶには? 名文の書写は効果がある?
書写により実用的な効果を持たせたいという場合は、ビジネス文書を書き写すのもありかもしれません。身近なビジネス文書と言えば、新聞記事でしょう。新聞記事の良いところは、5W1Hの要素をきちんと入れて重要な情報から先に書く、いわゆる「逆三角形」型になっていることが挙げられます。また、リード文で必要な情報をすべて記載します。この書き方はとても参考になるでしょう。ぜひ書き写し、体感・体得してください。
一方、新聞記事は実は独特の決まりや作法に則って文章が書かれています。あくまで新聞を作るための書き方をしているので、新聞記事の書き方をそのまま真似して他のビジネス文書に使うと、少々おかしなことになります。その点は注意しましょう。特に注意することとして、新聞記事は接続詞を極力使わないという特性です。接続詞を使うと文章が硬くなるという理由で新聞記事は接続詞の利用を避けます。ただ、無理に接続詞の使用を避けると読みにくい文章になるので、使うべきところで使ったほうがいいです。論文では接続詞の使用はむしろ推奨されます(接続詞についてはこちらも参照してください)。新聞記事で見るべきは文章の流れや情報の入れ方(伝え方)です。重要な情報から先に伝えるのが新聞記事なので、何が重要な情報とされているかが、新聞記事を書き写すことでわかってきます。
また、朝日新聞の天声人語や読売新聞の編集手帳など、一面コラムを書写の題材とするケースも多く見受けられますが、ビジネス文書を学ぶ上では不向きです。一面コラムは「コラム」とあるように、ビジネス文書の体を成していません。遊びの要素が強い文章です。ビジネス文書に触れるのが目的であれば、普通の記事を参考にしたほうが良いでしょう。論文調の文章を学びたい場合は社説をお勧めします。
このほか、小説の冒頭や名文なども書写の題材としてよく取り上げられます。いずれも味わい深くて、楽しみながら書き写すことができます。ハッとするような一文に出合うことも少なくありません。名文集の書籍がありますので、参考にするのも一つの手です。注意点としては文豪の文章に引きずられないことです。文豪の文章は明治や大正、昭和初期に書かれたものが多いので、言葉遣いに古めかしさを感じるのは致し方のないところです。このため、仕事や日常生活で文章を書く時に文豪のような言葉遣いをしてしまうと、さすがに違和感が生じます。あくまで趣味として、文豪の文章を味わうことにとどめましょう。
なお、Twitterには書写専用のツイートがあります。「朝活書写」などで検索すれば出てくるはずです。毎日「お題」が出されるので、題材には事欠きません。興味ある方はのぞいてみればいかがでしょうか。
プロのライターも書写する人が多い。
書写で文章を学ぶプロライターも少なからずいます。どちらかというと、駆け出しの方が学びの一環として書写をすることが多いようです(私もしたことがあります)。文章を学ぶことはもちろん、自分の文章を載せることになる媒体の特性を知る意味合いも強くあります。単に読むより書くほうが特徴をつかみやすいので、積極的に書き写しているのです。
ただ、書写をすることと優れた書き手になることは、イコールなようなイコールでないところもあります。何もないところから最初の一文字を書くのは、書写で身につけた技術とはまた別の技術が求められます。白紙と向き合い、最初の一文を書き、自らの言葉で文章を紡ぐということが必要になってきます。何もないところから文章を書く技術をについてこちらでも紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
最後はやや蛇足になりましたが、字を書くことはとても楽しい行為です。せっかく万年筆をもったのなら、積極的に書くことを楽しんでください。
まとめ
書写は昔からある文章の勉強法の一つです。取り組んで損はまったくない、むしろプラスの効果は多々あります。具体的には、文章の流れ・構成を知る、語彙、知識が増え、表現の幅が広がるでした。書写の題材として広告コピー、新聞記事、小説の冒頭、Twitterの「朝活書写」などが挙げられます。何より書写することで、万年筆やガラスペンなどで字を書くこと、色とりどりのインクを楽しめます。