このコーナーでは、おすすめの万年筆を、管理人の中川雅人が独断と偏見で取り上げます。おすすめの万年筆といっても、初心者向け、使いやすい、入手可能などの要素を排除しています。では何を基準にするかというと、次の感情や欲求です。すなわち「少々高価で手を出しづらいが、手に入れられるものなら手に入れてみたい」「欲しい欲しいとは思っていたが、廃盤になったため入手が極めて困難になった」「限定品のため、どこを探しても見つけられない」「いくら何でも高すぎるから買うことはまずないが、あこがれる気持ちはある」――。こうした感情にさせられ、物欲をかき立てられた万年筆を数を絞って紹介します。
本サイトは基本的に管理人が保持し実際に使ったことのある万年筆を取り上げていました。しかし、それでは触れられない万年筆があまりに多すぎることに気づきました。そこで、本コーナーを設けることにしたのです。「2022年」とありますが、2022年に発売された万年筆に限りません。どちらかというと、2022年以外に販売されたものを多く含みます。「9月」とあるのは、現時点での気持ちという意味です。他の月になれば別の万年筆が欲しくなる可能性は高く、その時はその時でまた別途、万年筆を取り上げます。今回は3本の万年筆に焦点を当てます。
本コーナーを通じ、「それは確かに欲しいよね」「けど買わ(え)ないよね」「なんであの時買わなかったのだろうか」などの気持ちを共有できればと思います。
※「それ持ってるよ」「買ったよ」という方は、遠慮なく自慢をする意味で、コメントや画像などをお送りいただければ幸いです。
※記事にはPRを含みます。
MONTBLANC 作家シリーズ エドガー・アラン・ポー
最初にご紹介したいのは、MONTBLANC(モンブラン・独)の作家シリーズのエドガー・アラン・ポーです。モンブランは1992年から毎年、作家の名を冠した万年筆を発表しています。ヘミングウェイにはじまり、ドストエフスキー、フィッツジェラルド、トーマス・マン、シェイクスピアら、世界的な作家の名が連なります。その作家たちがモンブランを使用したか不明ですが(年代から考えて確実に使用していない作家もいると推測できますが)、いずれも作者名の刻印がなされ、作品の世界観を想起させる装飾が施されています。すべて限定品ですので、発表年の古いモデルは非常に入りづらくなっています。中には、定価の3倍の値のつくモデルもあるのだとか。
【出典:大人の文房具(晋遊舎)2011年10月1日発行】
手に入れられるものなら全部ほしいのですが、一つ選ぶとしたら、迷いに迷って1998年に世に送り出された、エドガー・アラン・ポーとしました。なぜエドガー・アラン・ポーなのかと言えば、まずはミステリのファンだからということが大きいです(モデルの希少性や価格、デザインはあまり考慮せず、どの作家が好きかという観点だけで選んでいます。ご了承ください)。アメリカで生まれたエドガー・アラン・ポーは近代推理小説の開祖とされ、世界初の推理小説と目される『モルグ街の殺人』を世に送り出しました。日本の推理作家、江戸川乱歩はエドガー・アラン・ポーをもじったニックネームで、江戸川乱歩の名前は『名探偵コナン』の主人公、「江戸川コナン」にも使われていますので、日本でもなじみ深い作家と言えます。
作家シリーズでは、エドガー・アラン・ポー以外にも、アガサ・クリスティー(1993年)やコナン・ドイル(2021年)のモデルもあり、どちらも非常に興味を引かれました。特にコナン・ドイルはシャーロック・ホームズも名探偵コナンも好きで、本当に迷いました。それでもエドガー・アラン・ポーを推したのは、エドガー・アラン・ポーには詩人の一面もあり、そこに魅力を感じたからです。代表作「大鴉」は日本での知名度はいま一つですが、アメリカでは教科書に載せられるケースもあることから、広く知られていると言います。ただ、詩人としてはアメリカでもそれほど高く評価されておらず、遠く離れたフランスで高い評価を受けている、という話もあります。その点に面白さも感じます。モンブランも詩人としてのエドガー・アラン・ポーを評価したのか、ペン先には大鴉が刻印されています。
なお、エドガー・アラン・ポー、アガサ・クリスティーの両モデルは非常に入手が難しいですが、コナン・ドイルモデルは2022年現在でもモンブラン公式サイトなど購入することが可能です(ただし、いつ売り切れになるかわかりません)。作家シリーズは概ね10~15万円でコナン・ドイルは14万3000円(税込)です。相当無理すれば手が出なくもないので迷いはしますが、ちょっと厳しいかなというのが本音です……。
【基本仕様】
ペン先/18金
字幅/M、F
方式/吸入式
デルタ 少数民族シリーズ NATIVE AMERICANS 1KS
続いて紹介するのは、デルタ(伊)の少数民族シリーズNATIVE AMERICANS(ネイティブアメリカンズ)1KS。デルタは世界の少数民族に着目し毎年、限定アイテムを発表していました。いずれも民族の世界観を表した色彩、装飾が特徴です。中でも、ネイティブアメリカンズ1KSは純銀の羽を模したクリップ、青・ブラウン・緑を基調にした胴軸が印象的。同軸の青は川、ブラウンは平原、緑は木々を表現していると言われています。また、ネイティブアメリカンのシンボルの羽根飾りはペン先にも刻印が施されています。
デルタはイタリアのメーカーならでは個性で万年筆を作り上げ、デザインがとても印象に残ります。ネイティブアメリカンズ1KSの色彩も、一度目にしたらなかなか忘れられないのではないでしょうか。仮に職場でネイティブアメリカンズ1KSを取り出したら、周囲にかなりのインパクトを与えるはずです。加えて、デルタは技術の面でも強烈な個性を発揮しようしているところが見られ、他ではあまり見られないサイドレバー使用のインク吸引システムを製品の多くに採用していました。ネイティブアメリカンズもサイドレバー使用のインク吸引システムとなっています。
【出典:万年筆ライフ(玄光社)2015年発行】
ところで、上記で不自然に過去形を使った部分があります(太字イタリックの箇所)。これは文章にリズムをつけようとして過去形を使ったのでもなければ、誤って使ったのでもありません。過去形にする必要があったからそうしたのです。ご存知の方も多くいると思いますが、デルタは2018年2月で廃業しました。ファンの間で評価も高く人気もあったのですが、ビジネスの継続は難しいとの判断があったのでしょう。
ここでざっとデルタの歴史を振り返ってみます。1982年に南イタリアのカンパニア州カゼルタ県パレーテで創業しました。歴史は長くありませんが、独自性の強い技術やデザインで高い評価を受けていました。代表作は「ドルチェビータ」。「南イタリアの太陽」を表現したと言われるオレンジ色のボディが印象的で、万年筆の雑誌にも度々取り上げられてきましたので、一度は目にしたことがあるかもしれません。1994年にはイタリア・ナポリで開かれた「G7サミット(先進国首脳会議)」で、各国の調印式用の筆記具として、デルタの万年筆が採用されました。
実績も勢いもあった万年筆メーカーだったと考えられますが、万年筆を含め筆記具をビジネスとして成り立たせることの難しさを感じます。同じくイタリアの万年筆メーカー、オマスも2016年に廃業しています。こうした状況を鑑みると、日本の三大メーカー、パイロットコーポレーション、セーラー万年筆、プラチナ万年筆は少なくとも現在まではうまく経営できている、と言えるかもしれません。
【基本仕様】
ペン先/18金
字幅/M、F、B
方式/サイドレバー式
セーラー万年筆 WAJIMA BIJO サファイア
最後にご紹介するのは「WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)万年筆」です。この万年筆はその名の通り、輪島塗の技法が駆使され作られた逸品で、2020年12月12日に国内外に限定300本で発売されました。サファイアと共にコーラル(ピンク)が、2022年にはルビーとエメラルドがリリースされました。
輪島塗は石川県輪島市の伝統工芸の一つです。漆を木に重ね塗りし、茶碗や箸、コップ、お盆、盃、重箱、花器など、さまざまな製品を作り上げます。黒をベースにした重厚感と、金や蒔絵のきらびやかな装飾が特徴です。一説には約1000年も前からあると言われており、少なくとも1476年には輪島に塗師がいたことが確認されています。人の世むなし1467年応仁の乱の少し後ですから、輪島塗の歴史がいかに古いかがわかります。輪島塗の製品は基本的には高級品ですが、近年は大量生産技術の発達で安価に手に入るものもあります。とはいえ、手作りの漆器などと違いは明らかですけどね。
セーラー万年筆 http://sailor.co.jp/product/10-9684/
WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)を選んだのは、管理人が石川県出身で輪島とは非常に縁が深いからです。それだけと言えばそれだけですが、地元の技巧が使われているとなると、それだけで欲しくなりますし、また、多くの人に知ってもらいたくなります。石川県内の家庭は、輪島塗の漆器の一つや二つあるが当たり前という感覚があります。もちろん、高級品に限らず、安価なものも含めてなのですけど。
WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)は全体がボーダーの縞模様となっています。もともとは溝のある胴軸に漆を何度も重ね塗りすることで平坦にしたのだとか。セーラー万年筆のホームページによれば、石川県輪島市生まれの輪島塗蒔絵職人 日野 拓也氏の手によって仕上げられたそうです。輪島塗の高い技術と、見る人を魅了する伝統の息遣いがうかがえます。BIJOU(ビジュー)は英語で宝玉を意味し、お気づきの通り、サファイア、コーラル、ルビー、エメラルドはいずれも宝石の名称です。蓋栓(キャップの上の部分)は螺鈿(らでん)が施されています。螺鈿は貝殻を埋め込む装飾法で、青を基調としたラメのある色合いが特徴です。また、セーラー万年筆の碇のロゴマークは手で描かれています。
なお、WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)サファイアは紹介済みの「MONTBLANC 作家シリーズ エドガー・アラン・ポー」と「デルタ 少数民族シリーズ NATIVE AMERICANS 1KS」と大きな違いがあります。それは、WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)サファイアは入手が可能という点です。2022年9月の段階では、ネットで販売されているのを確認しています。だったら買えよ、という話なのですが、小売価格が16万5000円ですよ。気軽に手が出せる価格ではありません。なるほど、いわゆる高級筆記具の範疇で考えるなら、1本数百万円の万年筆もあり、10万円代の万年筆はリーズナブルなほうです。しかし、16万5000円は一般的な目線では超高額なので、高嶺の花として欲しいな欲しいなと思いながら、雑誌やネット、店頭で見るにとどまっています。ある意味で、このコーナーで扱うのにふさわしい万年筆と言えるでしょう。
【基本仕様】
ペン先/21金・大型
字幅/M、F
方式/コンバーター・カートリッジ両用式
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(編集後記)
「MONTBLANC 作家シリーズ エドガー・アラン・ポー」「デルタ 少数民族シリーズ NATIVE AMERICANS 1KS」「セーラー万年筆 WAJIMA BIJOU(ワジマビジュー)サファイア」の3本を取り上げました。万年筆は限定品が多いですし、メーカーが廃業するケースもあります。このことから、欲しいものがあったらすぐに買うのが適切なのでしょうが、なかなかそうはできないのが現状です。そうしたもどかしさを味わいながら、どこか美術品を見るように見て楽しんでいる側面もあります。もっと単純に子どもがおもちゃのパンフレットを見て喜んでいるのと一緒かもしれません。取り上げた3本はメーカーは異なっていますが、価格帯が似たものになってしまいました。15万円前後は、無理をすれば出せなくはないけど……、という微妙なラインなので、より強く物欲がかき立てられるのだと思います。次回以降、不定期で万年筆を取り上げます。なるべくバラエティに富んだ万年筆を選出しますので、ご笑読いただければ幸いです。