万年筆は、鉛筆やボールペンと比べると、やや手のかかる筆記具です。スピードを求める現代の感覚からはズレているかもしれません。しかし、そこが楽しく、手がかかる分の愛着が芽生えるところとも言えます。もっとも手がかかることの一つとしてメンテナンスが挙げられますが、それほど難しいことをするのではありません。多少、メンテナンスを怠っても壊れることはないでしょう。ただ、意図せずして壊れ(して)しまうことがあるのも事実。今回は、メンテナンス時に絶対してはいけないことを、悲しい体験談を交えてお伝えします。
キャップのつけ置き洗いをしてはいけない。
万年筆は一定の期間使わない時はペン先を洗浄して保管するのが一般的です。洗浄そのものは難しいことではありません。ペン先を水で洗って、水の入ったコップに入れておけば、それでほぼ終了。あとは半日から1日たったら、取り出して乾かしておけばいいだけです。とても簡単ですが、絶対にやってはいけないことがあります。それは、キャップのつけ置き洗いすることです。
キャップにもインクが付着することがあります。水で洗い流せば取れる程度のことも多いですが、なかなか見えない部分のため、一度つけ置きしてしっかり洗っておこうなどと、ついつい思ってしまうものです。しかし、これをしてはいけません。なぜか。キャップの特にクリップの部分が金属の可能性あるからです。
金属ですので、長時間水につけていると当然さびます。半日から1日程度のつけ置きなら、さびが付くことはないかもしれません。つけ置きしても半日~1日という通常すすめらえている期間を守れば、大きな問題が起こることはないと推察されます。しかし、私は元来がずぼらなところがあるため、つけ置きしていることをすっかり忘れ、2~3日目に取り出すことがしばしばあります。さらに質の悪いことに、長めに洗浄したのだから、余計にきれいになっただろうくらいに捉えていたのです。つまり、長時間のつけ置きに対する警戒がほぼありませんでした。
金やステンレスのペン先であれば、2~3日水につけっぱなしでもそれほどのダメージは受けないでしょう(好ましいとは言えないかもしれませんが)。一方で、金属であればさびてしまいます。実際、私は自分でも情けなく感じますが、なんと3本もダメにしてしまいました。同じミスを2回ならず3回も繰り返して、心の底から自分に呆れました。一つ言い訳というか注意点を言うと、キャップは金属でないことのほうが多くなっています。このため、ほとんどの場合はキャップを長期間つけ置きしても問題が生じず、つい気が緩みがちになってしますのです。
キャップの影響は想像以上に大きい。
キャップが多少さび付いても、万年筆の機能が大きく損なわれるわけではありません。ペン先が活きていれば、十分に文字は書けます。しかし、さびは想像以上に目立ちます。美しさは万年筆の魅力の一つですが、その価値が大きく損なわれます。「あ、さびが付いている」とパッと見にもわかってしまうのです。さびの付いた万年筆を見るたびにとても悲しい気持ちになります。
前回の記事で、ポルシェデザインの万年筆を紹介しまし「私の不注意からP'3125 スリムラインは本来の魅力を発揮できなくなった」と記載しましたが、実はまさにキャップのことで、キャップをつけ置き洗いしたことで、キャップの部分を壊してしまったのです。
P'3125 スリムラインのキャップは開閉式のクリップになっており、そこがもっとも大きな魅力の一つだと述べました。開閉式のクリップになっているということは、バネが使われていることが容易に想像つくはずです。いえ、そこに思い至るべきでした。それにも関わらず、私はキャップを水につけ置きし、さらに2日ほど放置してしまったのです。
バネの部分が金属であることなど考えもしなかった私は、のんきにキャップを水から取り出そうとした時、既にさび付いているのを見て愕然としました。さび付き膨張したバネはキャップから外れ、開閉式のクリップとは言えない状態になっていたのです。既にお伝えした通り万年筆のキャップにさびを付けた経験はこれで3度目です。激しく後悔すると共に、あまりの学習能力のなさにしばらく自分を信じられなくなりました(この先、万年筆を使っていけるのかと、真剣に思い悩みましたが、今は持ち直しています)。
修理を請け負ってくれるところはあったが……
万年筆は修理が可能です。メーカーに頼めば元通りに修復してくれるケースが少なくありません。パイロットコーポレーションやセーラー万年筆、プラチナ万年筆など国産メーカーなら、修理を請け負ってくれるところを簡単に探せます。近所の文具店やデパートでも対応してくれるところは多いでしょう。海外メーカーでも、モンブランやペリカン、パーカーなど、メジャーどころなら、修理を請け負ってくれるところが見つかるはずです。費用を気にしなければ、新しく買い替えることもできるでしょう。しかし、ポルシェデザインの万年筆は既に生産が終了しています。部品の調達が不可能で、買い替えることもできません。
何とかならないものかと、生産を終了した万年筆の修理を請け負ってくれるところを探しました。日本全国には万年筆の修理を専門とする職人さんもあり、そのうちの何人かは生産終了しているモデルも見てくれるようでした。希望を持ちましたが、基本的に修理と言えばペン先のことで、キャップは対象外。中には、キャップもできるというあったので頼んでみましたが、何カ月も待たされた上に結局、元通りには戻りませんでした。
念のために断っておきますと、万年筆は壊れやすい筆記具ではありません。ペン先が壊れやすいのではないかと感じることもあるようですが、滅多なことでは壊れないと断言できます。堅い面に思いっきり打ち付けたり、高いところから地面に落としたりすれば壊れるでしょうが、それは鉛筆でもボールペンでもシャープペンシルでも同じです。それにも関わらず、万年筆を壊してしまった。開閉できなくなったキャップを見て、本当に本当に落ち込みました。
あとがき
おそらく、万年筆の取扱説明書を見ても、キャップをつけ置き洗いするなとは書いていないはずです。それもそのはずで、金属でできているかもしれないキャップが、つけ置き洗いされることなど、メーカー側も想定していないでしょう。本当に愚かしいことをしてしまいました。同じことをする人がいるかどうかはわかりませんが(いたとしても極めて稀でしょうが)、自責の念を込めて万年筆のメンテナンス時の注意点について書かせていただきました。