
文章の書き方について、さまざまな情報が溢れています。私も含め、多くの人がノウハウやテクニックを紹介しているでしょう。しかし、どれだけテクニックやノウハウを知っていても、それを実践しなければ、つまり書かないことには意味がない、文章の上達は見込めません。文章力向上の本質は、突き詰めれば「書くこと」に尽きるのです。
「ゼロイチ」の重要性。添削では得られない「創造」の力。
文章力向上のためには「書くこと」が不可欠です。既存の文章を直したり添削したり、あるいは名文を書き写したりしても、それだけでは真の文章力は磨かれません。大切なのは何も書かれていない白紙の状態と向き合い、自分の言葉で文章を「ゼロから生み出す」こと、いわゆる「ゼロイチ」の経験を積むことです。
文章のノウハウ本を手にすると、文章を直したり、短くしたり、まとめたり、という訓練を促すものがけっこうあります。あるいは小論文対応として時事的な知識を紹介し、考え方や目の付け所を指南する類のものもあります。そうしたことがまったく役に立たないわけではありませんが、それだけで「書ける人」になれるかというと、話は別。実際、いざ原稿用紙に向かっても書けない、一字として書き出せないということが多いのではないでしょうか。
私はかつて、ある優れた編集者と一緒に仕事をした経験があります。その人は編集者として、企画立案からライターの原稿手直しまで多岐にわたる仕事を、高いレベルで実践していました。時にはライターの原稿をすべてとっかえ、自分で一から書き直すようなことまでしていた。そのため、私も、おそらく本人も、その人は文章を書けるだろうと思っていました。ある時、その編集者が自分で文章を書く機会が訪れました。それはめったにないことでしたが、もちろん、誰も書けないなどとは思いません。手を煩わせて申し訳ないが、締め切りまでに仕上げてくれれば大丈夫だ、くらいに思っていたのです。
ところが、書きあがった原稿を目にすると、どうでしょうか。何と言うか奇妙な言葉の使い方をしており、2~3回読まないと文意が把握できない。最初は冗談かと思い、その人が本当に書いたのかと疑いさえしました。もしその文章がライターから納品されたものだとしたら、その編集者は徹底的に赤字を入れて訂正したに違いありません。つまり、他人の文章を直す力と、一から文章を生み出す力はまったく別物であるのです。この経験は、私にとって大きな衝撃でした。
量が質を高める、書けば書くほど文章は磨かれる。
誰かの書いた文章を一言一句書き直し、ほとんど自分の文章のように手直しできたとしても、ゼロから文章を生み出せるかというとそうでもありません。このことは、私自身の経験からも強く感じています。どんなに拙く、意味不明な文章であっても、そこに何かしらの土台があるほうが、白紙の状態から文章を作るよりもはるかに書きやすいのです。
下手な文章を添削する方が、ゼロから生み出すよりもずっと簡単である、というのが率直な感想です。それだけ白紙に最初の一字を書くと言うことは、エネルギーのいることであり、難しいことであり、尊いことである。だからこそ、文章は自ら一から書き始めない限り、本当に書けるようにはなりませんし、上達することもないと強調するのです。
漫画家の高橋留美子は「うる星やつら」「らんま1/2」「犬夜叉」など、数々の大ヒット作を生み出してきました。その高橋留美子があるインタビューでこう答えています。「漫画がうまくなるには、漫画を描くしかない」。これは真実であり、文章にもそのまま当てはまる言葉だと確信しています。
水泳の本を100冊読んでも泳げるようにならないように、文章術の本を100冊読んでも書けるようにならないでしょう。一方、実際に文章を100回書けば、程度の差こそあれ、文章力は磨かれ「書ける人」になるはずです。
文章は、自転車や水泳と同じです。何度も挑戦することで、自然と体が覚え、いずれ出来るようになります。違うのは、自転車や水泳は、一度できてしまえば、後はほとんど考えずにスイスイやれるのですが、文章はそうはいきません。毎回悩まされます。
私は書く仕事をしていて、おそらく他の方たちよりは圧倒的に書いた経験は多いし、書くことはほとんど日常になっています。それでも、ゼロイチの瞬間は、つまり白紙に書き出す瞬間は、いつでもいつまでたっても「これで問題ないか」と緊張します。それ以前に、実際に書き出す前にかなりの時間を使っています。
当然のことながら、初めから完璧な文章を書ける人などいません。そもそも完璧な文章などあるのかも疑問なくらいです。誰もが、拙い文章からスタートし、試行錯誤を繰り返しながら成長していきます。大切なのは、どんなに拙く感じても書き続けることです。

「ゼロイチ」で文章を書くためのステップ。
では、「ゼロイチ」で文章を書く習慣を身につけるためには、具体的に何をすれば良いのでしょうか。実践的なステップを紹介します。
1. テーマを見つける
まずは、何について書くかを決めましょう。興味のあること、得意なこと、最近あった出来事、心に響いたことなど、どんなことでも構いません。「何を」書くかをまず見つけてください。これがないと何も書けません。
2. とにかく書き始める(メモを取る)
最初から意味の通る文章を書こうと意気込む必要はありません。頭に浮かんだことをそのまま文字にしてみましょう。箇条書きでも、単語の羅列でも構いません。とにかく、何かを書き出すことが重要です。
3. 構成を決める
何をどの順番で書くかを決めます。読み手の立場に立って、わかりやすい順番を心がけてください。この時、「これは今回のテーマと関係ない内容だ」と感じるものがあったら、構成から外してください。思い切って捨てることも重要です。どうしても書きたいないようなら、また別の機会に書きましょう。
4. 全部書き終わった後で推敲・修正
最初は、誤字脱字や表現の稚拙さを気にせず、書き進めましょう。文章を書くにはある程度「勢い」が必要です。推敲や修正は、文章が全部書き上がってから行います。途中で推敲・修正をし出したら、前に進めなくなります。
5. フィードバックを求める
もし可能であれば、信頼できる人に自分の文章を読んでもらい、フィードバックをもらうのも良いでしょう。客観的な視点からの意見は、文章力向上にとても役立ちます。ただし、文章についてのフィードバックは慣れていないと、重く受け止めてしまいがちです。人格を否定されたような気にもなります。親しく信頼のおける人に頼むようにしてください。あるいは最近ではAIに読ませる手もあります。AIは厳しいことを言わず、褒めながら改善点を示してくれます。
まとめ
文章は、書けば書くほど必ず上達します。同時にゼロから文章を生み出す行為を通して、思考が整理され、言葉が磨かれます。その過程で「書く力」の向上を実感できるでしょう。文章に興味を持ったなら、万年筆を手に取り、あるいはパソコンに向かい、あなた自身の言葉で書き出してみてください。書くことでしか得られない成長もあります。書くことを通して得られる成長は、人生を豊かにしてくれるはずです。