
ペリカンの王道、スーベレーンは多くの万年筆愛好家を魅了し続けています。中でも、特に使い勝手が良いとされるのがM600とM800。M600の「ワンランク上のモデル」として語られるM800ですが、両者に上下はあるのでしょうか。
本記事では、M600とM800の違いを見ていきたいと思います。単なる比較にとどまるつもりはありません。ペン先の金の違い、絶妙なサイズ感、価格差の裏にあるそれぞれのモデルが持つ「個性」と「思想」を深掘りします。M600とM800が「書く」という時間にどう寄り添ってくれるか、その本質的な違いに迫ります。
※本記事はプロモーションを含みます。
手に取ればわかる「思想」:サイズと重量感がもたらす筆記体験の違い
M600とM800を語る上で最も分かりやすい違いが、サイズと重量感です。
M600: 全長約134mm、重量約18g
M800: 全長約141mm、重量約29g
※数値はモデルによって若干の変動があります
M600は、軽快で取り回しの良いサイズ感が魅力です。ワイシャツのポケットにも収まりが良く、システム手帳と合わせて使うなど、アクティブなシーンでも活躍します。長時間筆記しても疲れにくい絶妙なバランスは、「実用的な道具」としての完成度の高さを感じさせます。
一方のM800は、一回り大きく、ずっしりとした存在感を放ちます。この重みがペン先へと自然に筆圧をかけ、力を入れずとも滑らかな書き味を生み出します。キャップをせずに書いても十分な長さとバランスが保たれる設計は、デスクに腰を据え、じっくりと文字と向き合う時間を想定しているかのようです。
この違いは、大きさの優劣とは言えないでしょう。M600が「いつでも、どこでも快適な筆記を約束する」なら、M800は「書斎で過ごす豊かな時間を演出する」と表すことができます。
14金 vs 18金:日本語を美しく表現するなら
両者の個性を最も象徴するのが、ペン先の金の違いです。M600は14金(金含有率58.5%)、M800は18金(同75%)を採用しています。この差が、書き味に決定的な違いを生み出すのです。
一般的に金の含有率が高い18金は柔らかく、しなりの大きいのが特徴です。M800のペン先は、その特性を活かした「ぬらぬら」とも形容される極上の滑らかさを提供してくれます。インクフローも潤沢で、ただ線を引くだけでうっとりするような多幸感をもたらしてくれるでしょう。M800ならではの魅力です。
しかし、あくまで個人的な感覚として、このしなやかなペン先が、ボールペンや鉛筆など硬い筆記具に慣れていると「やや柔らかすぎる」と感じる瞬間があります。さらに画数の多い漢字を書く時は、字がどうしてもつぶれやすい。大きなペン先から生み出される線は太いからです。このため、文字は自然と大きくなりがち。従って、画数の多い日本語を、細かく字を書くことには向いていません。ただし、普段は書かない大きめの文字をぬらぬらぬらーと書いていく。そこには万年筆の筆致らしい味わいがあるのです。
対して、M600の14金ペン先は、18金に比べて硬質で程よい手応えがあります。この適度な硬さが安定感をもたらして、日本語特有の繊細な筆遣いに俊敏に反応してくれます。普段硬めの筆記具を使っていても手に馴染みやすく、狙った通りの線を引けます。ペン先が生み出す線も細過ぎず太過ぎずでちょうど良い。さっと文字を書きたい場面で、絶大な信頼感をもたらしてくれます。普段使いと言うと少し安っぽく感じるかもしれません。要は日常の相棒にするということです。万年筆の道具ですからね。使ってこそ、その価値が発揮されます。
両者の違いは、どちらが優れているという話ではありません。大きめの紙に大きめの文字を大胆に優雅に書きたいのならM800。一方、普段使いのノートに、文字の大きさをコントロールしながら書きたいのならM600。というのが、個人的な見解です。誤解のないように言うと、M800もとめ・はね・はらいをきれいに表現できます。我々日本人は書道に慣れ親しんでいるので、柔らかいペン(筆)は十分に使いこなせますし、ペン先の「しなり」を日本語特有のとめ・はね・はらいに活かせるという見方もできます。
なお、18金のペン先が必ずしも柔らかいと言うことはありません。例えば、国内メーカーのパイロット、セーラー、プラチナの万年筆のペン先は日本語を書くことを想定しているので硬めに作られています。海外メーカーのものは柔らかいのが多いのですが、その中でもペリカン スーベレーンは突出しています。また、国内メーカーの万年筆は全体的にペン先が鋭い、つまり細い線を書けるのが特徴です。感覚として、国内メーカーのM=海外メーカーのFです。
価格差の向こう側にある価値:何に投資すべきなのか
M600とM800には、数万円の価格差があります。M600と比較してM800は使われる金も多いですし、他の素材も多く使われています。価格が高くなって当たり前と言えば当たり前。しかし、その差は、金の使用量や大きさの違いだけから生まれるものではないような気がします。ペリカンというブランドが、それぞれのモデルに与えた「役割」の違いが反映されていると考えるべきなのではないでしょうか。
M600を選ぶということは、すなわち「日々を共にする、高級筆記具」への投資となります。その優れた重量バランスと、日本語との相性が良いペン先は、書くという行為をストレスフリーで快適なものへと昇華させてくれるでしょう。持ち運びにもちょうどいいサイズのため、胸ポケットやジャケットの内ポケットにもムリなく収まります。スーベレーンの魅力を日常の中で余すことなく体感できる、非常にコストパフォーマンスの高い一本と言えます。
一方、M800という選択は、「豊かで贅沢な時間」への投資と捉えることができるでしょう。フラッグシップモデルとしての堂々たる風格、所有欲を満たす重厚感。そのフォルムは本当に美しいしのです。M800を手に取る行為は、日常を特別な瞬間に変えるスイッチになるでしょう。書き味に至ってはいかにも万年筆らしく、他の筆記具では得られない感覚。ずっと書いていたいという気分に浸れます。その大きさゆえに、持ち運びにはやや向いていません。しかし、ひとたび手にすると、「書く」という作業を超えて、「書斎文化」を楽しむことができるのです。
あなたが万年筆に求めるものは何でしょうか。日々の思考を書き出すための最高の「道具」でしょうか。それとも、慌ただしい日常から離れ、自分と向き合うための「時間」でしょうか。 その答えが、あなたにとっての最適なスーベレーンを教えてくれるはずです。
あとがき
今回は、ペリカン スーベレーンのM600とM800について、私なりの視点で比較してみました。
日常にどこまでも寄り添い、書くという行為を快適にしてくれる「究極の道具」としてのM600。デスクに向かう時間そのものを、豊かで贅沢な体験に変えてくれる「至高のパートナー」としてのM800。
この記事を書きながら改めて両者を手に取ってみましたが、「どちらが優れている」という結論は出せませんでした。ただ、それぞれの万年筆が持つ「思想」のようなものは、より深く理解できた気がします。私自身、仕事でノートにメモを取る時はM600の反応の良さが頼りになりますし、机に落ち着いて座り、万年筆らしい書き心地を味わい時はM800を手にしたくなります。結局、どちらも愛おしい存在なのです。
さてあなたは、どちらの万年筆により心を引かれたでしょうか。万年筆と共にどのような時間を過ごしたいかを考えると、手にする一本が決まるかもしれません。もし機会があれば、ぜひ文具店のカウンターで、この素晴らしい2本を比べてみてください。そのペンがもたらしてくれるであろう未来の「書く時間」に思いを馳せたとき、最高の1本が見つかるはずです。